「もったいない」を減らすナノの力 ～食品鮮度維持にかけるある研究者の物語～
見えない力で「もったいない」をなくしたい
私たちの食卓に並ぶ、彩り豊かな食材や美味しい料理。その陰で、まだ食べられるはずの食品が捨てられてしまう「食品ロス」が、大きな社会問題となっています。世界中で発生する食品ロスの量は年間およそ13億トンとも言われ、これは全世界の食料生産量の3分の1に相当するとも言われています。日本でも、年間約522万トンの食品ロスが発生しており（2020年度推計）、そのうち約半分の247万トンが家庭から出ています。
この「もったいない」状況を、科学の力で変えたいと情熱を燃やす研究者がいます。〇〇大学の△△博士は、ナノテクノロジーを駆使して、食品の鮮度を長く保つための新しい材料開発に取り組んでいます。△△博士は、なぜこの道を選び、どのような思いで研究に打ち込んでいるのでしょうか。その素顔に迫ります。
畑の恵みを最後まで届けたい
△△博士が食品の鮮度維持に興味を持ったのは、子どもの頃の原体験がきっかけだったと言います。
「私の実家は兼業農家で、祖父母が大切に育てた野菜や果物がたくさんありました。でも、収穫しても、傷みやすいために全てを出荷できないことや、売れ残ってしまって廃棄になるのを見るのが、子ども心にとても辛かったんです。『この美味しい恵みを、できるだけ新鮮なまま、必要としている人のところに届けたい』という思いが、ずっと心のどこかにありました」
大学で化学を学び、特に物質の構造や性質を微細なレベルで操作できるナノテクノロジーの可能性を知った時、「これだ！」と感じたそうです。
「食品が傷むのは、空気中の酸素と反応したり（酸化）、カビや細菌といった微生物が増えたりすることが主な原因です。ナノテクノロジーを使えば、こうした劣化の原因となるものから食品を守る、目に見えない『バリア』のようなものを作れるのではないか、と考えたんです」
ナノの「バリア」で鮮度を守る
△△博士が取り組んでいるのは、食品を包装するフィルムや容器の内側に、非常に小さなナノサイズの粒子や繊維（ナノマテリアル）を組み込む技術です。
例えば、空気中の酸素を通しにくい性質を持つナノ粒子を、フィルムの材料であるポリマー（プラスチックのようなもの）に均一に混ぜ込むことで、酸素が食品に触れるのを大幅に減らすことができます。例えるなら、食品を、酸素分子がすり抜けにくい「目の細かい網」で覆うようなイメージです。これにより、酸化による変色や風味の劣化を遅らせることが期待できます。
また、微生物の増殖を抑える効果を持つナノマテリアルもあります。特定の金属イオンや天然由来の成分をナノサイズにすることで、表面積が格段に大きくなり、わずかな量でも微生物の活動を抑制する効果が高まります。これは、食品の表面に、微生物にとって「居心地の悪い」環境を、見えない「小さな戦士たち」が作り出している、と考えると分かりやすいかもしれません。
「私たちの研究室では、安全性にも十分配慮しながら、いかに効率よく、かつ安価にこれらのナノマテリアルを包装材に組み込むか、そして実際に食品の鮮度維持にどれだけ効果があるかを日々検証しています。目標は、現在の食品包装の機能を飛躍的に向上させ、『もったいない』を減らし、消費者がより安心して美味しい食品を楽しめる未来を実現することです」
失敗から生まれる発見、そして喜び
研究の道のりは平坦ではありません。新しい材料の合成に手間取ったり、狙った性能が出なかったり、試験用の食品が予想以上に早く傷んでしまったり…。失敗の連続だと言います。
「最初の頃は、なかなか思うような効果が出なくて、正直落ち込むこともありました。でも、なぜうまくいかないのかを徹底的に分析し、実験方法や材料の組み合わせを変えて試行錯誤を繰り返すうちに、思わぬ発見があったりするんです。例えば、『このナノ粒子とこのポリマーを組み合わせると、予想以上に酸素バリア性が高まるぞ！』といった小さな成功体験が、次の研究への大きなモチベーションになります」
研究室の仲間との活発な議論も、△△博士の力になっています。「自分一人では気づけなかった視点やアイデアを、メンバーとの対話から得られることがよくあります。みんなで一つの目標に向かって、互いに刺激し合いながら研究を進めるのは、本当に楽しい時間です」。
研究室には、失敗しても互いを励まし合い、小さな成功を皆で喜ぶ、温かい雰囲気があるそうです。
食と科学をつなぐ日々
研究室を離れると、△△博士は料理や家庭菜園を楽しむのが好きだと言います。「自分で育てた野菜や、市場で手に入れた新鮮な食材を、いかに美味しく、無駄なく食べきるか。研究で培った知識が、意外と日常生活の工夫にも役立つんですよ（笑）。改めて、食の恵みを大切にしたい、という気持ちが強くなります」。
週末には、地域の小学校で、子どもたちに食品ロスや科学の面白さを伝えるボランティア活動も行っています。
「子どもたちのキラキラした目で『どうして腐るの？』『どうすれば長持ちするの？』と質問されると、自分の研究が、未来を担う子どもたちの関心にもつながるんだと実感して、嬉しくなります。難しいことを分かりやすく伝えることの難しさと同時に、やりがいを感じる瞬間です」
食の未来を守るために
△△博士の夢は、自身が開発に携わったナノテクノロジーを使った食品包装材が実用化され、スーパーマーケットの棚に並び、世界中の家庭で使われるようになることです。
「私たちの研究は、食品ロスを減らすだけでなく、輸送中の鮮度維持にも貢献できるため、遠く離れた地域からでも新鮮な食品を届けられるようになるかもしれません。それは、フードマイレージ（食料輸送にかかる環境負荷）の削減にもつながり、地球環境を守ることにも貢献できるはずです」
見えないナノの世界で、私たちの食卓、そして地球の未来を守るために奮闘する△△博士。その静かな情熱は、確かに社会を良い方向へと変える力となっているようです。
「科学は、身近な問題の解決にも、壮大な未来の実現にもつながっています。難しそうに見えるナノテクノロジーも、実は私たちの暮らしをもっと豊かに、もっと持続可能なものにするための、心強い『隣人』のような存在なんです。私の研究を通して、科学をもっと身近に感じていただけたら嬉しいです」
△△博士の挑戦は、今日も静かに続いています。私たちの食卓が、そして地球が、より豊かで健康的であるようにと願って。