ナノテクで「揺れ」を「電力」に ~身の回りのエネルギー収穫を目指すある研究者の物語~
身近な「揺れ」に宿る、未来への可能性
私たちが普段何気なく感じている、空気のわずかな振動、機械の微かな震え、あるいは歩くたびに靴底が地面と擦れる音。これらは単なる現象として受け流されがちですが、もし、この「捨てられてしまう力」から電力を生み出すことができたら、私たちの生活や社会はどのように変わるでしょうか。
今回ご紹介するのは、そんな身の回りの小さな動きや揺れからエネルギーを取り出す、「エネルギーハーベスティング」と呼ばれる技術を、ナノテクノロジーの力で進化させようとしている、ある研究者の物語です。専門はナノ材料科学。穏やかな口調の中に、静かながらも熱い情熱を秘めた先生です。
地味な現象に宿る大きな夢
先生がこの研究テーマに出会ったのは、大学院でナノ材料を学び始めた頃でした。「最初は、正直に言うと、あまり派手な分野だとは感じませんでしたね」と先生は笑います。「光エネルギーを使う太陽電池や、燃料電池のような化学エネルギー変換の方が、当時の私には魅力的に映っていたかもしれません」。
しかし、研究を進めるにつれて、身の回りにいかに多くの「未利用のエネルギー」が存在するかを知り、その見えない可能性に強く惹かれるようになりました。特に、振動や摩擦といった「メカニカルエネルギー」、つまり物理的な動きから電気を取り出す原理に、ナノスケールの材料が大きなブレークスルーをもたらす可能性を感じたのです。
「例えば、圧電効果という現象があります。特定の物質に力が加わると電圧が発生するという性質ですね。古くはレコードプレーヤーの針に使われたりしていましたが、ナノスケールでこの圧電効果を持つ材料を精密に作ると、ごく小さな振動でも効率よく電気に変えられることが分かってきたんです」と先生は説明します。さらに、異なる材料を擦り合わせたときに静電気が発生する「摩擦帯電」も、ナノスケールで材料や構造を工夫すると、これもまた電気を取り出す力として利用できるというのです。
見えない「電気」を生み出す、地道な実験の日々
先生の研究室では、こうした圧電材料や摩擦帯電材料をナノスケールで設計し、実際に小さなエネルギーハーベスター(エネルギーを収穫する装置)を作る実験が日々行われています。ガラス基板の上にナノメートル(髪の毛の太さの10万分の1程度)サイズの薄膜を成膜したり、微細な構造を持つ材料を合成したり。一つ一つの工程は非常に繊細で、わずかな温度や湿度、不純物の影響で結果が大きく変わることもあるといいます。
「何時間もかけてナノ材料を準備して、いざ性能評価の装置にかけると、期待通りの結果が出ないことの方が圧倒的に多いです」と先生は苦笑します。「特に、この分野はまだ新しいので、『こうすれば絶対にうまくいく』というセオリーが確立されていません。試行錯誤の連続ですね」。
それでも、先生はめげません。「失敗から学ぶことが本当に多いんです。なぜうまくいかなかったのかを徹底的に考え、条件を変えたり、材料の組み合わせを変えたり。そして、ほんのわずかでも性能が向上したときの喜びは大きいですよ。学生さんと一緒に『よし!』と声を上げる瞬間が、この研究の醍醐味の一つです」。
見えないエネルギーが支える未来
先生がこの研究にかける情熱の根源には、この技術が社会にもたらす大きな可能性への確信があります。
「例えば、私たちが歩くたびに発生する振動や摩擦。もし、これを効率よく電気に変えるデバイスを靴底に組み込めたら、スマートフォンを充電したり、ウェアラブルデバイスを動かしたりできるかもしれません。充電の手間が省け、私たちの生活がもっと身軽になる可能性があります」。
さらに、工場や橋、建物などのインフラ設備の振動から電力を取り出し、センサーを動かす電源にすれば、設備の劣化を常に監視するシステムを外部電源なしで構築できます。山間部や災害地域など、電力が供給されにくい場所でも、センサーや通信機器を動かす電源を確保できるかもしれません。
「今はまだ発電量はごくわずかですが、ナノテクノロジーで材料や構造をさらに最適化すれば、もっとたくさんのエネルギーを取り出せるようになるはずです」と先生は目を輝かせます。「将来的には、電池交換が不要なIoTデバイスや、環境中のエネルギーだけで動く自立型のセンサーネットワークなどが実現するかもしれません。見えないエネルギーが、未来の社会インフラを支える可能性があるんです」。
研究室を離れれば、良き「隣人」として
研究に没頭する一方で、先生はプライベートの時間も大切にしています。「週末は、妻と近くの山にハイキングに出かけたり、家庭菜園で野菜を育てたりしています。土に触れていると、頭の中がリフレッシュされるのを感じますね」。
畑で野菜が少しずつ育っていく様子を見るのが好きなんだとか。「研究も植物を育てるのと少し似ているかもしれません。すぐに目に見える成果が出なくても、地道に手をかけ、根気強く続けることで、いつか大きな実を結ぶと信じています」。
地域の子ども向けの科学イベントにも積極的に参加し、身の回りの「ふしぎ」や科学の面白さを伝えています。「子どもたちのキラキラした目を見ると、科学の力が未来を創ることを改めて感じます。彼らが大人になる頃には、私の研究が形になって、彼らの生活を豊かにしているかもしれません。そう考えると、研究へのモチベーションがさらに高まりますね」。
「捨てる力」が灯す、持続可能な未来
身近な「揺れ」という、これまで見過ごされてきた力にナノテクノロジーの光を当て、未来のエネルギー源として活用しようと挑む先生。その研究は、地道な実験の連続でありながら、その先には私たちの生活をより便利に、そして社会をより持続可能なものに変える大きな可能性を秘めています。
「『捨てる力』を活かすということは、資源を無駄にしないということです。それは、これからの社会にとって非常に大切な考え方だと思います」と先生は語ります。「私の研究が、その一助となれば嬉しいですね」。
先生の穏やかな笑顔の奥には、見えない力に秘められた大きな可能性を見出し、それを形にしようと日々努力を重ねる、一人の研究者の確かな情熱がありました。ナノテクという小さな世界での探求が、私たちの身近な未来を明るく照らす日が来ることを期待せずにはいられません。