見えない敵から身を守るナノの盾 ~高性能フィルターにかけるある研究者の情熱~
見えない脅威に立ち向かう「ナノの盾」
私たちの周りには、目には見えないけれど、私たちの健康や環境に影響を与える小さな存在がたくさんあります。ウイルス、PM2.5、花粉、空気中の微細な化学物質…。これら「見えない敵」から身を守るための技術は、現代社会において非常に重要です。
今日ご紹介するのは、そんな見えない敵を捕まえ、私たちを守る「ナノの盾」とも言える高性能フィルターの研究に情熱を傾ける、ある研究者の方です。彼がどのようにしてこの道を選び、どのような想いを胸に研究に取り組んでいるのか、その素顔に迫ります。
きっかけは、子供の咳
彼が高性能フィルター、特にナノファイバーを用いたフィルターの研究に本格的に取り組み始めたのは、ある個人的な経験がきっかけでした。
「それまで環境技術には漠然とした関心は持っていたんです。でも、研究テーマとしてフィルターを深く追求しようと思ったのは、子供が小さかった頃、空気が悪い日に咳き込む姿を見た時ですね。もちろん、大気汚染だけが原因ではないのでしょうが、『もし、もっとクリーンな空気を吸わせてあげられたら…』と強く感じたんです。」
そう語るのは、穏やかながらも研究への熱意をにじませる、山田 健一(仮名)博士です。(※プライバシーに配慮し仮名を使用しています)
化学の道を志し、大学院で高分子材料を研究していた山田博士は、その応用として機能性材料、中でも空気や水をきれいにするフィルター技術に興味を持つようになりました。特に、髪の毛の数千分の1という極めて細い繊維である「ナノファイバー」が持つ、桁違いの表面積と微細な網目構造に、従来のフィルターを超える可能性を見出したのです。
ナノファイバーフィルターとは?
ナノファイバーは、まるでクモの糸よりもずっと細い繊維が複雑に絡み合ったような構造をしています。この細さが、従来のフィルターでは捕らえきれなかった、非常に小さな粒子をも効果的に捕集することを可能にします。
「例えるなら、通常のフィルターが『金網』だとすると、ナノファイバーフィルターは『目の詰まったレース』のようなものです。同じ厚みでも、ナノファイバーで作ると、空気が通る隙間(孔)はとても小さくなり、しかも表面積が圧倒的に大きくなるので、より多くの微粒子を吸着・捕獲できるんです。」
山田博士の研究室では、様々な素材でナノファイバーを作り、その構造や性能を評価する日々です。特定のウイルスだけを捕まえる機能を持たせたり、何度洗っても性能が落ちないように強度を上げたりと、応用目的に合わせたフィルター開発に取り組んでいます。
試行錯誤の毎日と、小さな発見の喜び
研究は常に順風満帆というわけではありません。ナノファイバーを均一に、そして大量に作る技術は難しく、少し条件が変わるだけで繊維の太さや形が変わってしまいます。
「理想通りのナノファイバーを作るのは、本当に根気がいりますね。装置の温度、湿度、溶液の濃度…パラメータは無数にあるんです。何日も実験を繰り返して、ようやく理想の繊維ができた!と思っても、ほんの少し条件がずれると全く違うものになったり。失敗の連続ですよ。」
壁にぶつかることも多いですが、研究室の仲間との議論や、時には思いもよらない小さな発見が、研究を続ける原動力になると山田博士は言います。
「学生さんたちとああでもないこうでもないと話し合ったり、時にはコーヒーブレイクで冗談を言い合ったり。そういう中でふとヒントが得られることもあるんです。そして、苦労して作ったフィルターが、期待していた以上の性能を示した時の喜びは格別ですね。これでまた一歩、人々の役に立つ技術に近づけた、と感じられる瞬間です。」
研究室には、夜遅くまで実験に取り組む学生たちの姿や、装置の前に張り付いてデータを取る山田博士の姿があります。地道な作業の繰り返しの中に、未来への希望を見出しているのです。
研究室を離れた「隣人」の素顔
研究室から一歩出れば、山田博士も一人の「隣人」です。休日は家族と過ごす時間を大切にしています。
「子供はもう大きくなりましたけど、一緒に公園に行ったり、近所を散歩したりするのが好きですね。空を見上げたり、植物を観察したりしていると、研究で凝り固まった頭が少しリフレッシュできる気がします。たまに『パパ、この空気ってきれいの?』なんて聞かれると、『パパの研究でもっときれいにできるように頑張るからね』って応えるんです。それが一番の励みかもしれません。」
奥様や子供たちの理解と応援があるからこそ、研究に打ち込めると語る山田博士。自宅では趣味のDIYで棚を作ったり、壊れたものを修理したりと、細かい作業が好きだそうです。「研究もDIYも、地道に手を動かして、少しずつ形にしていくのが楽しいところは似ているかもしれませんね」と笑います。
未来へ繋ぐナノの力
山田博士が目指すのは、単に微粒子を捕まえるだけでなく、特定の病原体を効率的に除去できる医療用フィルターや、工場排水から有害物質だけを選んで除去できる環境浄化フィルターなど、社会の様々な課題を解決できる高性能ナノファイバーフィルターの実用化です。
「私たちの研究が、インフルエンザや未知の感染症から人々を守るマスクになったり、アレルギーや呼吸器疾患を持つ方のQOL(生活の質)を向上させたり、あるいは世界のどこかのきれいな水が手に入らない地域で役立ったり…そう考えると、研究の意義を強く感じます。ナノの力で、より安全で健康な社会の実現に貢献したい。それが私の最大の願いです。」
見えない敵から私たちを守る「ナノの盾」。その開発にかける山田博士のような研究者の情熱と弛まぬ努力が、私たちの未来の空気を、水を、そして暮らしを、より安全で豊かなものにしてくれるのでしょう。私たちの身近なところにいる「ナノテクの隣人たち」の存在を、少しでも感じていただけたら幸いです。