自然の力で未来を創るナノ構造 ~自己組織化の謎を追うある研究者~
自然界の驚異に魅せられて ~ナノスケール「自己組織化」の世界へ~
私たちの身の回りには、驚くほど精緻な構造がたくさんあります。例えば、雪の結晶一つをとっても、その完璧な六角形は二つとして同じものがありません。生物の体を作るタンパク質も、数十万、数百万もの分子がまるで意志を持っているかのように集まり、特定の形と機能を持った立体構造を作り出しています。このような、個々の要素が外部からの特別な指示なしに、自ら集まって秩序ある構造を作り出す現象を「自己組織化」と呼びます。
この自然界に存在する賢い仕組みを、人工的に、しかも原子や分子が見えるか見えないか、という非常に小さな「ナノ」の世界で実現しようと挑戦している研究者がいます。今回は、そんな「ナノスケール自己組織化」の研究に情熱を注ぐ、ある研究者の物語をお届けします。彼がなぜこの道を選び、どのような夢を追いかけているのか、その「素顔」に迫ります。
分子が「勝手に」組み上がる面白さ
彼、〇〇先生(仮名:記事では個別の氏名は伏せます)が自己組織化という研究テーマに出会ったのは、大学院で化学を学んでいた頃でした。それまで化学は、フラスコの中で試薬を混ぜ合わせたり、熱を加えたりと、人間が「操作」することで物質を変化させる学問だと考えていたそうです。しかし、自己組織化という概念を知った時、まるで分子たちが自分で考えているかのように、自然と複雑な構造を作り出す現象に、強い衝撃と同時に抗いがたい魅力を感じたと言います。
「まるで、レゴブロックが無数のピースの中から自分で必要なものを選び、設計図も見ずに組み上がっていくようなものです。もちろん、そこには化学的な力学や熱力学の原理が働いているのですが、それでも、その自律的な振る舞いには生命の神秘にも通じる面白さを感じました。この原理を人工的に操ることができれば、これまでの化学や材料科学では考えられなかったような、全く新しい機能を持つ素材やデバイスが生まれるのではないか。そう思った時、もう、この研究の虜になっていましたね」と、当時を振り返り、少年のように目を輝かせます。
彼の研究室では、特定の分子を設計し、溶液の中で混ぜ合わせることで、分子たちが狙い通りの形に自律的に集まる様子を観察しています。例えば、特定の病気の細胞だけに取り付くことができるカプセル状の構造や、傷ついた組織の再生を助ける足場になるような、複雑な網目状の構造を作ることに挑戦しています。
試行錯誤の積み重ねと、小さな発見の喜び
ナノスケールでの自己組織化は、言うほど簡単ではありません。分子の設計をわずかに変えるだけでも、全く違う構造ができてしまったり、あるいは何も構造ができなかったりと、まさに試行錯誤の連続だと言います。
「レシピ通りに作っても、なぜか美味しくできない料理のようなものですね(笑)。温度や濃度、溶媒の種類、ほんの小さな条件の違いで結果が大きく変わってしまいます。時には、何ヶ月もかけて合成した分子が、全く狙い通りの構造を作ってくれず、がっくりすることもあります。失敗の連続に心が折れそうになることも、正直ありますよ」
しかし、そんな苦労の先に待っているのが、小さな「発見」の瞬間です。溶液の中に意図したナノ構造ができていることを顕微鏡で確認できた時の喜びは、何物にも代えがたいと言います。「何日も徹夜して、ようやく光が見えた、という感覚ですね。自然の原理をほんの少し理解できたような気がして、また次へのモチベーションが湧いてくるんです」。研究室の仲間と、できたてのデータを囲んで歓声をあげることもあるそうです。皆で喜びを分かち合う瞬間も、研究生活の大切な一部です。
研究室を離れて、充電の時間
研究に没頭する一方で、彼は研究室を離れた時間も大切にしています。趣味は、近所の公園を散歩すること。木々や草花、石ころなどをじっくり観察していると、そこかしこに自然界の自己組織化のヒントが隠されているように感じられるそうです。また、クラシック音楽を聴くのも好きで、複雑な音の構造が、まるで分子が集まってできる構造のように感じられることもあるとか。
「研究のことばかり考えていると、視野が狭くなってしまいます。一度研究から離れて、全く違うものに触れることで、新しい視点やひらめきが得られることがあるんです。それに、リフレッシュすることで、また次の日から頑張ろうという気持ちになれますから」と、穏やかな笑顔で語ります。
未来への「自己組織化」
〇〇先生が追いかけるナノスケール自己組織化の研究は、まだ始まったばかりです。しかし、この技術が実現すれば、私たちの未来は大きく変わる可能性があります。例えば、必要な時に必要な場所で薬を放出するスマートドラッグ、環境中の有害物質だけを選択的に分解するナノ触媒、従来のコンピューターをはるかに超える性能を持つ新しい電子デバイスなど、夢のような技術が現実になるかもしれません。
「私たちの研究は、自然界が長い時間をかけて進化させてきた精緻な仕組みを、人間が学び、応用しようとする試みです。まだまだ多くの謎が残されていますが、ナノスケールで分子が織りなす、この『自己組織化』という名の魔法のような現象を解き明かし、それが人々の暮らしをより豊かにする未来を創るお手伝いができれば、これほど嬉しいことはありません」
ナノの隣人たちが、今日も分子たちと対話しながら、未来のピースを「自己組織化」させています。彼らの情熱と探求心が、きっと私たちの想像を超える未来を形作ってくれることでしょう。彼らの挑戦に、これからも注目していきたいですね。