メガネの曇り、窓の結露をナノで解決! ~日常生活を変えるある研究者の挑戦~
身近な「見えない」不便に挑むナノの力
冬の寒い日に温かい部屋に入ったとき、メガネが一瞬にして曇ってしまう。お風呂場の鏡が湯気で真っ白になる。朝、窓ガラスが水滴だらけになる。これらは誰しもが経験する、ささやかだけれども少し不便な日常の一コマではないでしょうか。
こうした身近な現象に、ナノテクノロジーという最先端技術で挑んでいる研究者がいます。国立〇〇大学の田中健一(たなか けんいち)博士(仮名)です。田中博士は、物の表面にナノレベルの非常に薄い膜や微細な構造を作り出すことで、水滴の付き方を変え、曇りや結露を防ぐ技術の研究に取り組んでいます。
なぜ、田中博士はこのような一見地味にも思えるテーマに情熱を燃やしているのでしょうか。そこには、多くの人が当たり前のように感じている日常の不便を、科学の力で解消したいという、温かい思いがありました。
幼い頃の疑問が研究の原点に
田中博士が科学に興味を持ったのは、幼い頃のある出来事がきっかけだったと言います。それは、冬の朝、窓にできた美しい霜の結晶を見たことでした。「どうして水がこんな形になるんだろう?」という素朴な疑問が、後に大学で化学を専攻する道へと繋がりました。
大学、そして大学院で化学、特に表面に関する研究に触れる中で、身の回りのあらゆる現象が、物の「表面」で起きる分子や原子の振る舞いによって決まっていることを知り、その奥深さに魅了されたそうです。「コップの内側に水滴がつくのも、洋服が水を弾くのも、すべて表面の状態が決めているんです。目には見えないミクロの世界で起きていることが、私たちの日常生活に大きな影響を与えている。それが面白くて仕方がありませんでした」と、当時の心境を語ってくれました。
ナノテクノロジーという分野に出会ったのは、博士課程に進学してからでした。ナノメートル(1メートルの10億分の1)という、原子数個から数十個分くらいの極微小な世界を自在に操ることで、これまでの常識を覆すような新しい機能を持つ材料を作り出せる可能性に衝撃を受けたそうです。
水滴を操るナノの世界
田中博士が取り組む曇り止め・結露防止技術は、まさにこの「表面をナノレベルでデザインする」ことにあります。
一般的なガラスやプラスチックの表面は、目に見えなくてもデコボコがあり、空気中の水分が冷やされると小さな水滴として付着しやすくなります。これが光を乱反射させ、曇りや結露として認識されるのです。
田中博士たちの研究は、この表面に非常に薄いナノメートルサイズの膜をつけたり、表面自体にごく微細な構造を刻んだりすることで、水滴の付き方を変えようというものです。
「例えば、親水性(水になじみやすい性質)の高い材料をナノスケールで均一にコーティングすると、水蒸気が冷えても細かい水滴にならず、膜全体に薄く広がった水の層になります。水の層は光をあまり乱反射しないので、曇って見えにくくなるのを防ぐことができるんです。これは、まるでガラスの表面全体が水のベールをまとったようなイメージですね」と、田中博士は分かりやすく説明してくれました。
逆に、蓮の葉のように水を強く弾く性質(超撥水性)を、表面のナノ構造によって人工的に作り出す研究も行われています。こちらは水滴を球状に保ち、すぐに転がり落ちるようにすることで、結露自体を防ぐことを目指しています。
試行錯誤の日々と研究室の雰囲気
もちろん、研究は順風満帆ではありません。狙った通りのナノ構造を作るのは至難の業です。ほんの少し条件が違うだけで、全く異なる構造ができたり、望まない性能になったりすることもあると言います。
「毎日が試行錯誤の連続です。ある日は完璧だと思った膜が、次の日には剥がれてしまったり、期待した性能が出なかったり。小さな失敗は日常茶飯事です。でも、それが科学の面白いところ。なぜうまくいかなかったのかを考えて、条件を一つずつ変えて試していく。まるでパズルのピースを埋めていくような感覚ですね」
研究室には田中博士の他、数名の研究員や学生がいます。実験がうまくいかず落ち込んでいる学生に優しく声をかけたり、新しいアイデアについて活発に議論したりと、和やかな雰囲気の中にも真剣さが漂っています。
「学生さんたちの自由な発想にはいつも刺激を受けています。彼らと共に新しい発見を目指せるのは、この仕事の大きな喜びです」
休日には、趣味の家庭菜園で土を触るのがリフレッシュになるそうです。「植物の成長も、目には見えないところで様々な化学反応や物理現象が起きている。研究室の植物と違って思うようにならないことも多いですが(笑)、自然の摂理を学ぶ良い機会になっています」。
研究がもたらす未来と「隣人」へのメッセージ
田中博士が研究する曇り止め・結露防止技術は、単にメガネや窓の不便を解消するだけではありません。自動車のフロントガラスやバックミラーの視界確保による安全性向上、食品や医薬品のパッケージの透明性維持、美術館や博物館のショーケースの結露防止、温室の結露を防いで植物の生育環境を改善するなど、様々な応用が考えられます。また、窓の結露を減らすことは、カビの発生を防ぎ、建物の劣化を抑えることにもつながります。
「私たちが目指しているのは、単に新しい材料を作ることだけではなく、その技術が人々の暮らしをより豊かに、より安全にすることです。私たちの研究が、皆さんのすぐそばにある様々な『困ったな』を解消する一助となれば、これほど嬉しいことはありません」
最後に、読者へのメッセージをお願いすると、田中博士は穏やかな笑顔でこう締めくくってくれました。
「科学技術というと、少し遠い世界の出来事のように感じるかもしれません。でも、実は私たちの身の回りのあらゆるものが、たくさんの研究者たちの探求心や小さな発見によって成り立っています。ナノテクノロジーも、皆さんのすぐそばにある技術です。この記事を読んでくださった方が、少しでもナノの世界や、そこに情熱をかける研究者たちの顔を身近に感じて、『科学って面白いな』と思っていただけたら、研究者としてこれ以上の喜びはありません。」
田中博士のように、私たちのすぐ「隣」で、見えない技術を使って日々の生活をより良くしようと努力している研究者がたくさんいます。彼らの地道な研究が、少し先の未来を、そして私たちの日常を、きっともっと明るく、便利に変えてくれるはずです。