「壊れても自分で治る」夢の素材を追うナノの研究 ~ある研究者がかける"しなやかさ"への情熱~
「壊れる」を当たり前にしない世界へ:自己修復材料に魅せられた研究者
私たちの身の回りにあるものは、いつか必ず「壊れます」。スマートフォンを落として画面にヒビが入ったり、自転車のタイヤがパンクしたり、橋や建物のコンクリートに小さな亀裂が入ったり。壊れることは、ある意味で当たり前のことかもしれません。
しかし、「もし、壊れても自分で治る素材があったら?」
そんなSFのような世界を、ナノテクノロジーで実現しようと情熱を注いでいる研究者がいます。今回は、物が自ら傷を癒やす「自己修復材料」という、まるで生きているかのような不思議な素材に挑む、ある研究者の物語をお届けします。
小さな「もったいない」が育んだ研究への道
〇〇先生(仮称)が、この自己修復材料の研究に興味を持ったのは、幼い頃の経験が原点になっていると言います。
「子供の頃、大切にしていたおもちゃがすぐに壊れてしまって、とても悲しかったんです。直そうとしても、なかなか元通りにはならない。また、親が物を大事に長く使う姿を見て、『簡単に壊れないもの、もし壊れても直せるものがあれば、もっといいのに』と漠然と思っていました。研究者になって様々な材料に触れる中で、自然界には傷ついても自分で修復する驚くべき能力があることを知りました。例えば、人間の皮膚の傷が治るように、植物が枝を切られても新しい芽を出すように。この自然の力を人工的な材料で再現できたら、世の中の『もったいない』を減らせるのではないか。それが、私が自己修復材料の研究を志したきっかけです」
先生の穏やかな語り口の奥には、物への愛情と、持続可能な社会への強い想いが垣間見えます。
ナノの仕掛けで「自分で治る」を実現する
では、具体的に「自己修復材料」は、どのようにして傷を治すのでしょうか? 〇〇先生の研究室で進められているのは、材料の中にナノスケール(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1という、原子や分子が見えるかどうかの非常に小さな世界です)の仕掛けを組み込むアプローチです。
「一つの方法として、材料の中に『修復剤』を閉じ込めたとても小さなカプセル(これを『マイクロカプセル』と呼んだりします)をたくさん入れておく、というものがあります。材料に傷がついて亀裂が進むと、このカプセルが破れて、中の修復剤が染み出してきます。この修復剤が空気中の水分や材料自身と反応して固まることで、傷を埋めてくれるんです。まるで、ケガをしたところに液体絆創膏を塗るようなイメージでしょうか」
先生はそう言って、原理を分かりやすく説明してくれました。他にも、材料を作っている分子同士が、傷ついたときに再び手を取り合うように結合し直す仕組み(これは『共有結合』や『超分子』と呼ばれる、ナノの世界の精密な力を使います)を利用する方法もあるそうです。重要なのは、これらの「修復」が、人間の手や特別な機械を使わずに、材料自身が自律的に行うという点です。
「鍵となるのは、この修復の仕組みを材料全体に均一に行き渡らせ、傷ができた瞬間に素早く、そして確実に反応させることです。そのためには、修復剤を入れるカプセルの大きさや壁の厚さ、材料の中でのカプセルの配置、あるいは分子同士が再結合するための精密なデザインなど、ナノスケールでの緻密な設計が不可欠になります。目に見えない小さな世界での作業ですが、この精度が自己修復の性能を大きく左右します」
失敗の連続、それでも諦めない理由
自己修復材料の研究は、決して順風満帆な道のりではありません。理想の材料を作るためには、様々な種類の修復剤やカプセル、あるいは分子設計を試す必要があります。
「実験は失敗の連続ですよ」と先生は苦笑します。「せっかく材料を作っても、傷をつけてもうまくカプセルが破れてくれなかったり、修復剤が固まらなかったり。あるいは、一度は治っても、強度が全然足りなかったり。時には、『もうダメかもしれない』と心が折れそうになることもあります」
しかし、そんな時、先生を支えるのは、研究室の若いメンバーたちとの議論であり、何よりも「自己修復材料が実現した未来」への強いイメージだと言います。
「学生さんと一緒に実験結果についてああでもないこうでもないと話し合っていると、新しいアイデアが生まれたり、別の視点に気づかされたりします。そして何より、この技術が実用化されたら、社会にどれだけ貢献できるだろう、と考えると、自然と力が湧いてくるんです。例えば、高速道路や橋のひび割れが自動的に修復されることで、インフラの寿命が延び、メンテナンス費用も削減できるかもしれません。あるいは、航空機や人工衛星のような、簡単に修理できない場所に使われる材料が、小さな損傷なら自分で治せるようになれば、安全性や信頼性が飛躍的に向上します。医療分野では、体内に埋め込むデバイスの耐久性が高まる可能性もあります」
研究室の外で見せる素顔
研究室を離れた〇〇先生は、意外な一面も見せてくれます。
「休日は、地元の自然の中を散策するのが好きなんです。特に、古い木々や岩などを見ていると、長い年月を経て形作られた力強さや、時には傷つきながらもそこにあり続ける姿に感銘を受けます。自己修復の研究をしているからかもしれませんが、自然界の『しなやかさ』や『回復力』のようなものに惹かれますね。それがまた、自分の研究へのインスピレーションになることもあります」
また、地域の子供向けの科学イベントで、ナノテクノロジーや自己修復材料について分かりやすく話す機会もあるそうです。子供たちのキラキラした目や、素朴な疑問に触れることは、研究の意義を再確認させてくれる大切な時間だと語ります。
「治る」が当たり前の未来へ
「自己修復材料は、まだ研究段階の技術ですが、その可能性は計り知れません。物が壊れたら捨てる、修理するという考え方から、『治る』ことが選択肢の一つになる。あるいは、『治る』ことが当たり前になる、そんな未来を創り出す力を持っています。これは、単に製品の寿命を延ばすだけでなく、地球の資源を大切にし、持続可能な社会を実現するための重要な技術になると信じています」
最後に、〇〇先生はこう締めくくりました。
「研究は、答えのない問いに挑み続けることですが、その先には、必ずより良い未来があると信じています。私たちの研究が、少しでも皆さんの生活を豊かにし、地球環境を守る一助となれば、これほど嬉しいことはありません。これからも、ナノの力を借りて、『壊れる』が当たり前ではない世界を目指して、挑戦を続けていきたいと思っています」
物を長く大切にしたいという温かい心と、未来への確かな眼差しを持つ〇〇先生。その情熱が、いつか私たちの日常を、よりしなやかで、持続可能なものに変えてくれることでしょう。先生のような「ナノテクの隣人たち」の存在こそが、科学技術が私たちの生活を豊かにしてくれるのだと改めて感じさせてくれる物語でした。