「捨てられる力」を活かすナノテク ~ある研究者が追うエネルギーの地産地消~
私たちの周りにある、見えない「力」に気づいていますか?
私たちが普段意識しない光、建物のわずかな揺れ、電車の振動、あるいは体の動きや体温。これらはすべてエネルギーですが、多くは見過ごされ、そのまま消えていきます。もし、これらの「捨てられてしまうエネルギー」を小さな電気に変えることができたら、どうなるでしょう?
スマートフォンを振るだけで少し充電できたり、環境センサーが電池交換なしでずっと動き続けたり、あるいは着ている服から健康データを取得するための電力が供給されたり…。そんな、私たちの生活をもっと便利に、そして持続可能なものにする可能性を秘めた技術が、「エネルギーハーベスティング」です。そして、この見えない力を電気に変える鍵として、ナノテクノロジーに情熱を注ぐ研究者がいます。
小さな「ゆらぎ」に大きな可能性を見出す
ご紹介するのは、〇〇大学の田中准教授です。物静かで、しかし研究の話になると目が輝く田中准教授がエネルギーハーベスティングの研究を始めたのは、大学院で物理を学んでいた頃にさかのぼります。
「電気は発電所で作られ、送電線を通って各家庭に届けられるのが当たり前ですよね。でも、ふと思ったんです。なぜ、そこらじゅうにある『ゆらぎ』、例えば風の弱いそよぎや機械の振動、体温のわずかな変化といったものから直接電気を取り出せないんだろうって」と田中准教授は当時を振り返ります。「大きなエネルギーでまとめて発電するのも大切ですが、必要な場所で、必要な分だけ、身近なエネルギーを利用する『エネルギーの地産地消』のようなことができれば、もっと無駄のない社会になるんじゃないかと。そのための技術を探求しているうちに、ミクロな世界で働くナノ材料の可能性に惹きつけられたんです。」
ナノの世界でエネルギーを「捕まえる」
田中准教授が取り組むのは、特に「振動」や「熱」といった、比較的小さなエネルギーからの発電を効率化するためのナノ材料やナノ構造の研究です。
例えば、物が振動すると電気を発生する「圧電効果」という現象があります。ピエゾ素子などにも使われている原理ですが、これをより効率的に、より微弱な振動で働くようにするにはどうすれば良いか? 田中准教授は、ナノメートル(1ミリメートルの百万分の一)サイズの非常に小さな材料を制御することで、この効果を最大限に引き出す方法を探っています。
「想像してみてください。大きな鉄骨の橋が揺れるときだけでなく、私たちが歩く床のほんのわずかなたわみ、あるいは機械のごく小さな振動でも電気を取り出したいんです。そのためには、材料そのものが非常に敏感に反応し、さらにその小さな反応を効率よく集める構造が必要です。そこでナノ材料の出番になります。」
ナノスケールでは、物質の性質がマクロなサイズとは異なってくることがあります。田中准教授は、特定のナノ粒子を組み合わせたり、基板の上に精密なナノ構造を作製したりすることで、これまでは難しかった微弱なエネルギーの捕捉と電気への変換を目指しています。これは、まるで「エネルギーの小さな粒」を、ナノの「網」や「かご」で一つずつ丁寧に捕まえるようなイメージかもしれません。
失敗は「宝の山」、そして日常の発見
研究室での日々は、華やかな発見ばかりではありません。狙い通りのナノ構造ができなかったり、作製した材料が思ったように機能しなかったりと、失敗の連続です。
「正直、実験がうまくいかない日の方が多いですね」と苦笑いする田中准教授。「でも、なぜ失敗したのかを徹底的に考えることが、次の成功につながるんです。失敗のデータも宝物。それに、若い学生さんと一緒に議論していると思わぬヒントが見つかることもあります。一人で考えているだけでは気づけない視点を与えてくれる彼らは、私にとって大切な研究仲間です。」
研究室には、遅くまで議論したり、試薬の前で腕を組んだりする学生たちの姿があります。時には徹夜になることも。しかし、わずかでも良い結果が出たときの喜びは格別だと言います。
「初めて、微弱な振動から目に見えるレベルの電気が発生したのを確認できたときは、もう、疲れなんて吹っ飛んでしまいましたね。地道な努力が形になる瞬間は、何物にも代えがたい喜びです。」
研究室の外の「隣人」として
研究室を離れると、田中准教授は普通の「隣人」です。週末は家族と過ごしたり、地元のボランティア活動に参加したりすることもあるそうです。
「研究はもちろん大好きですが、それだけでは息が詰まります。研究室の外に出て、色々な人と話したり、普段の研究とは全く違う活動をしたりすることで、新しい視点が得られるんです。それに、自分の研究が社会にどうつながるのか、実感する機会にもなります。」
特に、地域の子供たちに科学の面白さを伝えるイベントに参加する際には、自身の研究をいかに分かりやすく、そして夢を持って語れるか、いつも考えさせられると言います。子供たちの「すごい!」という反応が、研究のモチベーションの一つになっているとも語ってくれました。
見えないエネルギーが灯す未来
田中准教授の研究するエネルギーハーベスティング技術が実用化されれば、私たちの生活は大きく変わる可能性があります。電池交換の手間が減るだけでなく、これまで電力を供給するのが難しかった場所にもセンサーや通信機器を設置できるようになり、産業の効率化やインフラの維持管理、さらには医療・ヘルスケア分野など、様々な応用が期待されています。
「道のりはまだ長いですが、捨てられてしまう小さなエネルギーが、将来、私たちの社会を支える大きな力の一つになると信じています」と田中准教授は穏やかながら力強く語ります。「ナノテクノロジーは、まさにその『見えない力』を引き出すための道具。この小さな世界の技術が、持続可能な未来を築く一助となれば、研究者としてこれほど嬉しいことはありません。」
私たちの周りに満ちている見えないエネルギーに気づき、それを活かそうとする田中准教授のような研究者の情熱が、一歩ずつ未来を切り拓いています。彼らが「ナノテクの隣人たち」として、これからも驚きと発見をもたらしてくれることを願わずにはいられません。