わずかな変化も見逃さないナノセンサー ~早期発見にかけるある研究者の日々~
「目に見えない、ごくわずかな変化を捉えたい」。そう語るのは、ナノセンサーの研究に情熱を注ぐ佐々木健一准教授(仮名)です。穏やかな口調の中に、探求者としての静かで確かな熱意が感じられます。私たちの健康や、地球の環境を守るために、佐々木准教授が追い求める「ナノの目」とは、一体どのようなものなのでしょうか。彼の研究の舞台裏と、人となりについてお伺いしました。
「気づく」ことの大切さが原点
佐々木准教授がナノセンサーの研究を志したきっかけは、大学院生時代に遡ります。当時、身近な人が重い病気を患い、もう少し早く病気の兆候に気づけていれば、と感じた経験から、「見えない異変」を早期に捉える技術の重要性を痛感したと言います。
「病気も、環境の悪化も、最初はごく小さな変化から始まります。その段階で気づければ、打てる手はたくさんあります。でも、現状の技術では、ある程度進行しないと検出できないものが多い。もっと敏感に、もっと早く、もっと簡単に、『いつもと違う』というサインを捉えられる技術ができないだろうか。そう考えたのが、この研究の原点です」
ナノ構造で作る「特別な鍵穴」
佐々木准教授の研究室では、物質の表面にナノメートル(1メートルの10億分の1という、原子や分子の世界のスケール)の非常に微細な構造を作ることで、特定の分子だけを高感度に検出するセンサーの開発に取り組んでいます。
これは、まるで「特定の鍵にだけぴったり合う、特別な鍵穴」をたくさん用意するようなイメージです。例えば、病気の初期段階で体内にわずかに増える特定の分子や、環境中にごく微量だけ存在する汚染物質など、センサーで捉えたい「ターゲット分子」が「鍵」です。
「私たちの体や環境には、数えきれないほどの種類の分子が混ざり合っています。その中から、目的の分子だけを選び出して、『ここにあるよ!しかも、これだけ少量でも検知できるよ!』と知らせるのがセンサーの役割です。ナノの世界で表面を加工すると、この『鍵穴』を驚くほどたくさん、そして精密に配置することができます。表面積が広がり、ターゲット分子との接点が増えることで、これまで検出できなかったようなごく微量の分子も捉えられるようになるのです」
失敗と発見が織りなす日常
研究の日々は、決して華やかなことばかりではありません。クリーンルームでナノ構造を加工したり、様々な溶液の中でナノ材料を合成したりと、地道な作業の連続です。
「思い通りのナノ構造ができなかったり、センサーを作っても期待したほど感度が出なかったり。実験がうまくいかないことの方が圧倒的に多いです。時には、『なぜだ?』と頭を抱え、試行錯誤を繰り返す中で、何ヶ月も全く進展がない、という時期もあります」
特に大変だったのは、作ったセンサーから発生する「ノイズ」をどう抑えるか、という問題でした。ターゲット分子からの信号よりもノイズの方が大きくて、せっかくの微量検出が台無しになってしまうのです。
「まるで、静かに聞きたい声が、周りの騒音にかき消されてしまうようなものです。様々な材料を試したり、センサーの構造を変えたり、測定方法を工夫したり…本当に手探りでした。でも、研究室の学生さんたちと議論したり、他の分野の先生にアドバイスをいただいたりしながら、少しずつノイズを減らすヒントを見つけていきました。失敗の中にも、必ず次のステップにつながる学びがある。それを信じて続けることが大切だと感じています」
そして、何度もの失敗を乗り越え、ついにセンサーが目的の微量分子に明確に反応した、あの瞬間。
「データを見たとき、『あ、これだ!』と鳥肌が立ちました。それまでの苦労が全て報われた気がして、思わず研究室のメンバーとハイタッチしましたね。地道な努力が、確かに未来につながっている。そう実感できる、研究者として最高の瞬間です」
研究室の外にある「もう一つの目」
佐々木准教授の「隣人」としての素顔は、研究室の外にもありました。休日は、地元の少年野球チームでコーチを務めているそうです。
「子供たちに教えるのは、研究とは全く違った難しさ、面白さがあります。でも、小さな努力の積み重ねが、少しずつですが確実に成長につながっていく。これは研究も野球も同じですね。子供たちが少しずつ上達していく姿を見るのが、大きな喜びです」
また、自宅での家庭菜園も彼の趣味の一つ。土に触れ、植物がわずかな水分や日差しの変化にどう対応していくのかを観察していると、ナノの世界での分子の繊細な振る舞いを理解する上でも、新しい視点が得られることがあると言います。自然界の精妙な仕組みから、研究のヒントを得ることもあるようです。
未来への希望を込めて
佐々木准教授の研究はまだ途上にありますが、その先に広がる未来への希望は膨らむばかりです。
「私たちの開発しているような高感度センサーが実用化されれば、病院に行かなくても、自宅で手軽に病気の早期チェックができるようになるかもしれません。川や海の水をその場でチェックして、微量の汚染物質を素早く見つけることも可能になるでしょう。未来の社会が、より健康で、より安全になることに貢献できる。それが、私の最大のモチベーションです」
今はまだ研究室の小さな実験台の上にあるナノセンサー。しかし、佐々木准教授とそのチームの粘り強い探求によって、いつの日か私たちのすぐそばで、大切な「気づき」をもたらしてくれる「隣人」になるかもしれません。見えない世界に情熱を傾ける研究者の日々が、私たちの未来を確かに明るく照らしているのです。