DNAでナノ構造を「設計する」研究 ~ある研究者が追う分子組立の夢~
「生命の設計図」DNAが、ナノ世界のブロックになる日
私たちの体を作る「生命の設計図」であるDNA。二重らせんの美しい構造を持つこの分子が、今、科学技術のフロンティアで全く新しい役割を担おうとしています。それは、ナノメートル(1メートルの10億分の1)という極めて小さな世界で、思い通りの「カタチ」を組み立てるための「ブロック」や「折り紙」として使う研究です。
今回ご紹介するのは、このユニークなDNAナノテクノロジーの世界に魅せられ、分子を自在に操り構造を設計することに情熱を注ぐ一人の研究者です。なぜDNAなのか? そして、この技術は何を可能にするのでしょうか。その探求の日々を追いました。
DNAとの衝撃的な出会いが導いた道
この研究者の、DNAナノテクノロジーとの出会いは、学生時代にさかのぼります。それまで化学や物理学を学んでいた中で、DNAが持つ「特定の相手(AはT、GはC)とだけ結びつく」という、まるでプログラムされたかのような正確な性質に衝撃を受けたと言います。「生命の設計図としてのDNAは知っていましたが、それを人工的に操作して、思い通りの構造が作れる可能性があると知った時、まるで新しい世界が開けたような感覚でした」と、当時の興奮を語ってくれました。
特に、DNAの鎖を設計図通りに折りたたんで様々な形を作る「DNAオリガミ」という技術に出会ってからは、この分野へのめり込んでいったそうです。「まるでナノの世界でレゴブロックを組み立てるような感覚なんです。コンピュータ上で設計図を書いて、それに合わせてDNAの短い断片を組み合わせていく。すると、設計した通りの立方体や星形、あるいはもっと複雑な形が自己組織的に組み上がっていく。この分子レベルでの『ものづくり』の面白さに、すっかり引き込まれてしまいました」。
分子を「組み立てる」技術が拓く未来
このDNAナノテクノロジーは、単に分子で面白い形を作るというだけではありません。その先には、私たちの社会や生活を大きく変える可能性が秘められています。研究者が特に注目しているのは、この技術を応用した「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」や「高機能ナノセンサー」の開発です。
「例えば、病気の治療薬を、体の必要な場所にだけ正確に届ける『運び屋』を作ることを考えています」と研究者は説明します。「DNAでカプセルのような構造を作り、その中に薬を閉じ込めます。そして、カプセルの表面に特定の細胞(例えばがん細胞)だけに結合するような分子を取り付けておく。そうすれば、薬は健康な細胞には影響を与えず、病気の細胞にだけ効率よく届けられるかもしれません。これは、従来の治療法につきものだった副作用を減らすことにつながります」。
また、非常に小さな物質や体の変化を高感度で捉える「ナノセンサー」への応用も期待されています。「DNA構造の上に、特定の分子に反応するセンサー分子を配置することができます。これにより、血液中のごく微量な病気のマーカーや、環境中の有害物質などを、これまでよりはるかに早期に、正確に検出できるようになる可能性があります」。まるで、ナノスケールの探偵が、見えない犯人(物質)をピンポイントで見つけ出すようなイメージでしょうか。
さらに、分子レベルでの「ロボット」や「分子マシン」の開発、超小型の電子部品の足場作りなど、その応用範囲は化学、生物学、医学、材料科学、情報科学といった様々な分野に広がっています。研究者は「DNAは設計が比較的容易で、自己組織化という非常に賢い方法で構造を組み上げてくれるんです。これを使いこなせれば、本当に様々な『分子デバイス』を作れる可能性があります」と、その夢を語ります。
設計通りにいかない日々、それでも分子と「対話」する
もちろん、研究はいつも設計通りに進むわけではありません。「コンピュータ上では完璧な設計図が書けても、実際に分子を溶液中で組み合わせると、想定外の形になったり、全く構造ができなかったり、ということは日常茶飯事です」と、苦笑いしながら語ります。
実験の失敗、データがうまく取れない、予想と違う結果が出る...。そんな困難に直面するたびに、何が原因なのか、どうすれば解決できるのかを、まるで分子自身と対話するように考え続けるそうです。「失敗から学ぶことの方が圧倒的に多いですね。なぜこうなったんだろう、次はどう変えてみよう、と仮説を立てて試行錯誤を繰り返す。地道な作業ですが、分子がこちらの意図に応えてくれて、設計通りの構造が顕微鏡で初めて見えたときの感動は、何物にも代えがたいです」。
研究室の仲間との議論も、重要な要素だと言います。「一人で考えていると行き詰まってしまいますが、他の研究者と話すことで、自分にはなかった視点やアイデアが生まれることがあります。時には、全く違う分野の研究者との交流からヒントを得ることもあります。研究は、一人ではなくチームで進めるものだと実感しています」。
研究以外の時間では、散歩や読書などでリフレッシュしているそうです。「研究で頭がいっぱいになることもありますが、一度研究から離れて、全く違うことに触れる時間も大切にしています。それが、かえって新しいひらめきにつながることもありますから」。
ナノの世界に設計図を描き続ける情熱
DNAナノテクノロジーは、まだ発展途上の分野です。しかし、この研究者は、この技術が持つ無限の可能性を信じています。「DNAを使うことで、私たちはこれまで不可能だったナノスケールでの精密なものづくりができるようになりました。これは、医学や環境、エレクトロニクスなど、様々な分野の課題解決に貢献できるポテンシャルを秘めていると確信しています」。
「『生命の設計図』であるDNAが、人工的な構造を作る材料になるというのは、考えれば考えるほど不思議で、そしてワクワクするんです」と、研究者は目を輝かせます。「分子の世界は奥深く、まだまだ解明されていないことばかりですが、一つずつ謎を解き明かし、設計図通りに分子を組み立てていくプロセスは、まるで未来のパズルを完成させていくようです」。
遠い未来の話に聞こえるかもしれませんが、彼のような研究者たちの地道な努力と尽きることのない情熱が、私たちの想像を超える未来を、分子一つ一つから丁寧に組み立てていくのです。DNAナノテクノロジーが拓く、分子レベルでの精密医療や環境技術、そしてまだ見ぬ革新が、私たちの「隣人」たちの手によって、着実に現実のものとなろうとしています。