ナノテクの隣人たち

有害物質を分解するナノ触媒の研究 ~クリーンな地球を目指すある研究者の日々~

Tags: ナノテク, 触媒, 環境浄化, 研究者の日常, ヒューマンストーリー

ナノテクノロジーという言葉を聞くと、最新のスマートフォンや小さな機械などを思い浮かべるかもしれません。しかし、ナノの世界は、私たちの身の回りにある空気や水をきれいに保つためにも、静かに、そして力強く貢献しようとしています。今回は、そんな「クリーンな地球」を目指し、日々研究に取り組むある研究者の物語をご紹介します。

環境を守るナノの力に魅せられて

今回お話を伺ったのは、〇〇大学の田中健一(たなか けんいち)准教授です。田中先生は、工場や自動車から排出される有害な化学物質を、無害なものに分解するための「ナノ触媒」の研究をされています。

「子供の頃、近所の川の色が濁っていたり、変な匂いがしたりするのを見て、悲しい気持ちになったことが忘れられません。化学の授業で、ある物質の働きによって、別の物質が変化する『触媒』という存在を知った時、これを使えば、あの川をきれいにできるんじゃないか?と考えたんです。それが、この道を目指す原点ですね」と、田中先生は穏やかな口調で語ります。

触媒とは、化学反応を速めたり、特定の反応だけを選んで起こさせたりする「縁の下の力持ち」のような物質です。田中先生が扱うのは、その中でも特に小さな、ナノメートル(1ミリメートルの100万分の1)サイズの粒子を使った触媒、つまり「ナノ触媒」です。

小さな粒子に大きな可能性を込める

なぜナノサイズの触媒なのでしょうか? 田中先生は、図を書きながら分かりやすく説明してくれました。

「化学反応は、触媒の『表面』で起こります。触媒をナノサイズまで細かくすると、重さが同じでも、表面積がものすごく大きくなるんです。例えるなら、砂糖を大きな塊のままお湯に入れるより、細かく砕いた方が早く溶けますよね? それと同じで、表面積が大きいほど、たくさんの有害物質と効率よく反応できるんです」

田中先生の研究室では、金属の原子などを精密に組み合わせて、目的の有害物質だけに効果的に作用するナノ触媒を「デザイン」し、「合成」する実験を日々行っています。まるで、小さな化学工場をナノ粒子の中に作り出すような作業です。

目指しているのは、例えば工場から出る排水中の有害物質を水と二酸化炭素に分解したり、大気中のNOx(窒素酸化物)やVOC(揮発性有機化合物)といった汚染物質をクリーンにしたりすることです。これが実現すれば、私たちの飲む水や吸う空気が、今よりもずっときれいになる可能性があります。

失敗を乗り越える粘り強さと仲間との支え

研究生活は、決して順風満帆なことばかりではありません。

「理論上はうまくいくはずなのに、実際に合成してみると、設計とは違う構造になってしまったり、期待したほど有害物質を分解してくれなかったり…。何ヶ月も、時には1年以上も、なかなか良い結果が出ないことも珍しくありません」と、苦労を語る田中先生。

それでも諦めずに試行錯誤を続ける原動力は、「きっとこの触媒で、地球をきれいにできるはずだ」という強い信念と、研究室の仲間たちの存在です。

「学生さんたちが新しいアイデアを出してくれたり、『先生、このデータ、ちょっと面白い動きをしていますよ!』と声をかけてくれたり。一緒に悩み、喜びを分かち合える仲間がいるからこそ、大変な時も乗り越えられます。彼らの成長を見るのも、私にとって大きな喜びなんです」

研究室を離れた素顔

研究一筋のように見える田中先生ですが、研究室を離れると、また違った顔を見せます。

「週末は、妻や子供たちと一緒に近くの山にハイキングに行くのが楽しみです。自然の中で過ごしていると、当たり前だと思っていたきれいな空気や水のありがたさを改めて感じます。そして、よし、また明日から頑張って、この自然を守るための研究を進めよう!と、力が湧いてくるんです」

趣味は、歴史小説を読むことだとか。「昔の人々が、困難な時代をどう生き抜いてきたのかを知るのが好きなんです。研究も、すぐに答えが出ない難しいことばかりですが、先人たちの知恵や粘り強さから、学ぶことが多いですね」と笑います。

クリーンな未来を、次の世代へ

田中先生の研究は、まだ実用化に向けて様々な課題がありますが、その一歩一歩が、確実に私たちの未来を、よりクリーンなものにしようとしています。

「私が研究しているナノ触媒が、いつか世界のどこかの工場で使われ、きれいな水を海に流す手助けをしたり、街の空気を浄化したりできたら、こんなに嬉しいことはありません。私たちが子供の頃に見ていた、あのきれいな川や青い空を、次の世代、さらにその次の世代にも、当たり前のものとして引き継いでいくために、これからも諦めずに研究を続けていきたいと思っています」

穏やかながらも、強い情熱を秘めた田中先生の言葉には、ナノテクの持つ可能性と、それにかける一人の研究者の人間的な魅力が溢れていました。目には見えないナノの世界で繰り広げられる探求が、私たちの世界をより良く変えていく。そんな希望を感じさせてくれる出会いでした。