見えない有害物質をキャッチ！ ～環境を守るナノ吸着材にかけるある研究者の挑戦～
水の中に潜む「見えない困りもの」を捕まえたい
私たちの身の回りにある水や土壌には、工業活動や日々の暮らしから排出される様々な物質がごくわずかに溶け込んでいます。中には、私たちの健康や生態系に影響を及ぼす可能性のある「有害物質」も含まれています。これらは非常に少量であるため目には見えませんが、環境を守り、安心して暮らすためには、これらの物質を効率的に、そして確実に環境から取り除く技術が求められています。
今回ご紹介するのは、そんな見えない有害物質をピンポイントで捕まえるための「ナノ吸着材」の研究に取り組む、ある研究者の物語です。
「なぜ、こんなものが？」から始まった探求
佐藤健太先生（仮名）は、幼い頃から身近な自然に親しみ、川で魚を捕まえたり、野山を駆け回ったりするのが好きな少年でした。しかし、ある時、かつて魚がたくさんいたはずの小川で、生き物の姿が減っていることに気づき、疑問を抱いたそうです。「見えない何か」が環境を変えてしまっているのではないか。そんな幼い頃の素朴な疑問が、今の研究につながる原体験になったと語ります。
大学で化学を学び、物質の性質や反応の面白さに触れる中で、環境中に存在する微量の物質を「分離」したり「除去」したりする技術があることを知ります。「これだ！」と感じた佐藤先生は、大学院で環境化学を専攻し、特に「吸着」という現象に着目しました。吸着とは、特定の物質が他の物質の表面にくっつく性質のことです。身近な例では、冷蔵庫の脱臭剤が匂いの成分を吸着するのと同じ原理です。
目指すは「選り好みする賢い網」
佐藤先生が研究しているのは、この「吸着」の能力を最大限に引き出すために、物質をナノスケール（1メートルの10億分の1という、非常に小さな世界）で設計・合成する「ナノ吸着材」です。
通常の吸着材は、色々なものを手当たり次第にくっつけてしまうことがあります。しかし、環境中には有害物質だけでなく、私たちの生活に必要なミネラルなど、取り除きたくない物質もたくさん含まれています。そこで佐藤先生が目指すのは、たくさんの物質の中から、ターゲットとする特定の有害物質だけを賢く「選り好み」して捕まえることができる、高性能なナノ吸着材なのです。
「例えるなら、たくさんの種類の魚が泳いでいる川で、目的の魚だけを捕まえるための、網の目や素材を工夫した特別な網を作るようなイメージです」と佐藤先生は語ります。「しかも、その網は髪の毛よりもずっとずっと細い繊維や、スポンジのように小さな穴がたくさん開いた構造でできていて、水の流れを邪魔せずに効率よく有害物質を捕まえられるように設計します」。
このようなナノスケールの構造を精密に制御することで、吸着材の表面積を飛躍的に増やしたり、特定の物質だけが結合しやすい「手」のような機能を持たせたりすることが可能になります。
地道な試行錯誤と小さな「やった！」
ナノ吸着材の研究は、まさに根気のいる作業の連続です。まず、どのような構造や材料が目的の有害物質を効率よく吸着するかを理論的に検討し、実際にナノ材料を合成します。しかし、理論通りに合成できたとしても、実際に水の中に含まれる微量の有害物質を吸着できるかは、実験してみるまで分かりません。
「理想通りの構造ができなかったり、うまく有害物質を吸着してくれなかったり… 失敗は日常茶飯事です」と佐藤先生は苦笑します。「でも、何回もの試行錯誤の末に、合成した材料がわずかでもターゲットの物質を吸着しているデータが出たとき、『やった！』って思います。その小さな発見や進歩の積み重ねが、次の研究につながる大きな原動力になります」。
研究室では、学生たちと共に日々実験に取り組んでいます。時には議論が白熱したり、実験がうまくいかずに落ち込んだりすることもあるそうですが、「一緒に目標に向かって頑張る仲間がいるから乗り越えられます。若い人たちの自由な発想に刺激されることも多いです」と、チームでの研究の重要性を語ります。
研究室を離れて「スイッチオフ」
研究に没頭する日々ですが、研究室を離れれば、佐藤先生も一人の「隣人」です。学生時代から続けているテニスで汗を流したり、週末には家族と近くの公園を散歩したりしてリフレッシュするそうです。「研究中は頭の中がずっと動いていますが、体を動かしたり、全く違う景色を見たりすることで、良い意味で『スイッチをオフ』にできます。それがまた研究への集中力を高めてくれるんです」と語ります。
環境問題に関するドキュメンタリー番組を見たり、関連する書籍を読んだりすることも好きだそうで、研究へのインスピレーションを得ることもあるといいます。
ナノ吸着材が描く未来
佐藤先生の研究が進めば、どのような未来が待っているのでしょうか。 例えば、工場排水や生活排水の浄化処理において、特定の有害物質だけを効率よく取り除くことができれば、より安全な水を環境に戻すことができます。また、災害などで水源が汚染された場合に、簡易的な浄水システムとして活用できるかもしれません。さらに、私たちの体内に入った不要な物質を選択的に除去する医療分野への応用や、希少な金属資源を排水から回収するといったリサイクルへの貢献も期待されます。
「私たちの研究は、まだ道の途中です。より高性能で、安価で、環境負荷の少ない吸着材を開発する必要があります」と佐藤先生は語ります。「しかし、この小さなナノ材料が、将来、私たちの水や土壌をきれいに保ち、安心して暮らせる社会を作る一助となることを信じて、これからも挑戦を続けていきたいと思っています。そして、この技術が、身近な環境問題に関心を持つきっかけになってくれたら嬉しいですね」。
目に見えない小さな世界での地道な努力が、私たちの暮らしと地球環境を守る大きな力につながる――。佐藤先生の挑戦は、ナノテクノロジーがもたらす未来への希望を感じさせてくれます。